自分も相手も大切にしながらわかりあう アサーティブコミュニケーションの基本
人生の節目を迎え、新しい環境で人間関係を築く際に、どのように自分の考えや気持ちを伝えたら良いのか、あるいは相手との間に生じる誤解をどう解消したら良いのか、悩むことは少なくないかもしれません。特に、異なる世代や価値観を持つ人々とのコミュニケーションにおいては、言葉の選び方一つで意図が正確に伝わらなかったり、不要な摩擦が生じたりすることもあります。
このような状況で「わかりあうチカラ」を高めるために有効な手法の一つに、「アサーティブコミュニケーション」があります。これは、相手の権利や気持ちを尊重しながら、自分の考えや感情、要求を率直かつ誠実に表現するコミュニケーションスタイルです。
アサーティブコミュニケーションとは
アサーティブ(assertive)とは、「自己主張的」と訳されることがありますが、単に一方的に自分の意見を押し通すことではありません。むしろ、自分自身を尊重し、同時に相手をも尊重する姿勢を基本としています。コミュニケーションのスタイルには、大きく分けて次の3つがあると考えられています。
- パッシブ(非主張的): 自分の気持ちや意見を抑え込み、相手の要求や意見に従いがちです。対立を避ける傾向がありますが、自分のニーズが満たされず、不満やストレスが溜まることがあります。
- アグレッシブ(攻撃的): 自分の意見や要求を押し通そうとし、相手の気持ちや権利を軽視します。一時的に自分の目的を達成できるかもしれませんが、相手との関係を損なう可能性が高いです。
- アサーティブ(自他尊重): 自分の気持ちや意見を正直に表現しますが、同時に相手の意見や気持ちも尊重します。対等な関係を目指し、お互いの理解を深めようとします。
アサーティブコミュニケーションは、この3つ目のスタイルにあたります。自分を犠牲にすることなく、また相手を傷つけることなく、建設的な対話を進めることを目指します。
なぜアサーティブコミュニケーションが「わかりあう」ために必要か
私たちが人間関係で誤解やすれ違いを感じる時、その原因の一つに、自分の真意が相手に伝わっていない、あるいは相手の真意を正確に理解できていないということが挙げられます。
アサーティブコミュニケーションは、この「伝える」「理解する」の両面において重要な役割を果たします。
- 自己理解と自己開示の促進: 自分の内面にある気持ちや考えを整理し、それを正直に言葉にすることで、自分自身を深く理解することにつながります。そして、それを相手に伝える(自己開示する)ことで、相手はあなたという人間をより具体的に知ることができ、理解の土台が築かれます。
- 相手への敬意の表明: 相手の意見や感情を尊重する姿勢を示すことで、相手は安心して自分の考えを話せるようになります。これは、対話における信頼関係の構築に不可欠です。
- 建設的な問題解決: 自分のニーズと相手のニーズを明確にすることで、双方が納得できる解決策を見つけやすくなります。感情的な対立を避け、論理的かつ冷静に話し合う土壌が生まれます。
このように、アサーティブコミュニケーションは、単に自分の要求を通す技術ではなく、お互いの内面を理解し、尊重し合うことで、より深く「わかりあう」ための対話の土台となる考え方と言えるでしょう。
アサーティブコミュニケーションを実践するための基本ステップ
アサーティブな表現を身につけるためには、いくつかの基本的なステップがあります。特に有名なのは「DESC法」と呼ばれる手法ですが、ここではよりシンプルで日常に取り入れやすい考え方をご紹介します。
- 事実を描写する (Describe): まず、感情や解釈を交えず、客観的な状況や事実を伝えます。「あなたはいつも遅刻しますね」ではなく、「約束の時間の10分後に到着しましたね」のように、具体的に何が起きたのかを伝えます。
- 自分の感情・意見を表現する (Express): その事実に対して、自分がどのように感じたか、どう考えたかを伝えます。この際、「Iメッセージ」(私を主語にした表現)を用いることが効果的です。「あなたは私を怒らせる」ではなく、「私は少し心配しました」「私は少し悲しい気持ちになりました」のように、「私」がどう感じているかを伝えます。これにより、相手を非難することなく、自分の内面を伝えることができます。
- 相手への提案や要望を伝える (Specify): 自分がどのようにしてほしいか、どのような解決策を提案したいかを具体的に伝えます。強制や命令ではなく、「〜していただけると助かります」「今後は〜のようにするのはいかがでしょうか」といった、依頼や提案の形で伝えます。
- 合意形成と感謝 (Consequences): 提案が受け入れられた場合、その結果がどうなるかを伝えることもありますが、日常的な会話では、相手が自分の提案や気持ちを受け止めてくれたことに対する感謝を示すことが重要です。「〜していただけると、とても嬉しいです」「ご理解いただき、ありがとうございます」といった言葉は、関係性を良好に保ちます。
これらのステップは常に完璧に実行する必要があるわけではありませんが、特に自分の気持ちや意見を伝えにくいと感じる場面で意識してみると良いでしょう。
日常生活でのアサーティブコミュニケーションの応用例
具体的なシーンでどのように活用できるかを見てみましょう。
例1:頼まれごとを断りたいとき
- パッシブ:「ええ、いいですよ…(本当はやりたくない)」
- アグレッシブ:「無理です!自分でやってくださいよ。」
- アサーティブ:「お声をかけてくださり、ありがとうございます。ただ、今抱えている仕事で手がいっぱいの状況です。そのため、申し訳ありませんがお引き受けすることが難しいです。お役に立てず心苦しいですが、ご理解いただけますでしょうか。」
- ポイント: まず感謝や共感(お声をかけてくださり、ありがとうございます)を示し、断る理由(抱えている仕事で手がいっぱい)を正直に伝え、相手への配慮(申し訳ありません)を示します。
例2:相手の言動に少し不満があるとき
- パッシブ:「…(何も言えず我慢する)」
- アグレッシブ:「あなたのせいで本当に困るんです!」
- アサーティブ:「〇〇さん。先日の会議で、私が発言している途中で会話を遮られてしまった時に(事実)、少し悲しい気持ちになりました(感情)。最後まで話を聞いていただけると、自分の考えを整理できますし、安心してお話できますので(提案)、今後は最後まで聞いていただけますでしょうか。」
- ポイント: 感情的にならず、客観的な事実を述べ、それに対する自分の感情を「私」を主語にして伝えます。相手への具体的な要望を、非難ではなく協力を求める形で伝えます。
実践へのヒント
アサーティブコミュニケーションは、一度学んだらすぐに完璧にできるというものではありません。練習と継続が大切です。
- 小さなことから始める: まずは、身近な人との簡単なやり取りの中で、意識的に「Iメッセージ」を使ってみるなど、できることから始めてみましょう。
- 完璧を目指さない: 時には上手くいかないこともあるでしょう。しかし、それは失敗ではなく、学びの機会です。なぜ上手くいかなかったのかを振り返り、次に活かすことが重要です。
- 自分を労う: 新しいコミュニケーションスタイルに挑戦することはエネルギーを使います。上手くできたこと、努力した自分自身を認め、労ってあげてください。
まとめ
アサーティブコミュニケーションは、自分自身を大切にしながら、相手との間に健全で対等な関係を築き、「わかりあうチカラ」を高めるための有効な方法です。人生の節目や新しい環境で人間関係に不安を感じる時こそ、この考え方が大きな助けとなります。
自分の感情や考えを正直に、しかし相手を尊重しながら伝える。これは、表面的な関係ではなく、お互いを深く理解し、支え合える関係を築くための第一歩です。焦らず、ご自身のペースで、アサーティブなコミュニケーションを日々の生活に取り入れてみてはいかがでしょうか。きっと、人間関係の世界が少しずつ拓けていくのを感じられるはずです。