「当たり前」が伝わらない時:無言の期待と暗黙の了解を対話でわかりあう
なぜか「当たり前」が伝わらないと感じる時
人生の節目を迎え、新しい環境に身を置いたり、これまでとは異なる世代や背景を持つ人々と関わる機会が増えたりすると、「なぜか話がうまく通じない」「言わなくてもわかると思っていたことが伝わらない」と感じることがあるかもしれません。一生懸命話しているつもりでも、相手の反応が予想と違ったり、小さなすれ違いが重なったりして、人間関係に難しさを感じてしまうこともあるでしょう。
こうした「当たり前」が伝わらない感覚の背景には、「無言の期待」や「暗黙の了解」といった、言語化されていない思い込みやルールが関係していることが多くあります。これらは、親しい関係や同じコミュニティに長くいる間には自然と共有され、コミュニケーションを円滑にする側面もあります。しかし、関係性が変化したり、新しい環境に入ったりすると、これまで機能していた「当たり前」が通用しなくなり、誤解や衝突の原因となることがあります。
ここでは、この「無言の期待」や「暗黙の了解」が人間関係にどのような影響を与えうるのか、そして、それらを対話を通じて解消し、相互理解を深めるための具体的な考え方やステップについてご紹介します。
人間関係に潜む「無言の期待」とは
「無言の期待」とは、相手に対して心の中で抱いているものの、言葉にして伝えていない要望や役割分担、行動への期待のことです。例えば、家族の中で「これは言わなくても誰かがやってくれるだろう」と期待したり、職場で「これくらいは察して動いてくれるはずだ」と考えたりすることがこれにあたります。
この無言の期待は、相手への信頼や、これまでの関係性に基づいていることが多く、必ずしも悪いものではありません。しかし、相手がその期待に気づかなかったり、異なる考えを持っていたりすると、期待が満たされなかった側は「なぜわかってくれないのだろう」と不満を感じ、期待された側は「何を求められているのかわからない」と困惑し、すれ違いが生じます。期待は言葉にしない限り、相手にとっては存在しないものと同じだからです。
コミュニティごとに異なる「暗黙の了解」とは
一方、「暗黙の了解」とは、特定の集団やコミュニティの中で、明文化されていなくても共有されている共通認識やルール、慣習のことです。「この場合はこうするものだ」「ここではこれが普通だ」といった、「言わずともわかるはず」と考えられている事柄です。家族間、職場、地域社会、趣味のグループなど、あらゆる集団に存在します。
新しい環境に飛び込んだ際、この暗黙の了解の違いに戸惑うことは少なくありません。以前いた場所での「当たり前」が、新しい場所では全く通用しなかったり、逆に以前は許されなかったことがここでは許容されていたりします。これは、それぞれのコミュニティが持つ歴史や文化、価値観が異なるためです。暗黙の了解は、そこに属する人々にとっては自然なことですが、外部の人間には見えにくく、理解しようとしないと、意図せずルールを破ってしまったり、周囲から浮いているように感じたりすることがあります。
対話を通じて期待と了解を「見える化」するステップ
「無言の期待」や「暗黙の了解」によるすれ違いを解消し、わかりあうためには、それらを「見える化」し、言語化して相手と共有する「対話」が不可欠です。以下に、そのための具体的なステップをご紹介します。
ステップ1:自分の「当たり前」を自覚する
まず、自分がどのような「無言の期待」や「暗黙の了解」を持っているのか、意識的に振り返ることが大切です。「なぜ相手の言動に引っかかるのだろう?」「どうしてわかってもらえないと感じるのだろう?」といった感情が生まれた時、その背景にある自分の期待や「こうあるべきだ」という思い込みを探ってみてください。
例えば、「家事の分担は言われなくても気づいた方がやるものだ」という無言の期待があるかもしれませんし、「会議ではまず年長者から意見を言うのが暗黙の了解だ」と思い込んでいるかもしれません。自分の内にある「当たり前」に気づくことが、対話の第一歩です。
ステップ2:相手に確認し、自分の考えを丁寧に伝える
自分の期待や理解が「当たり前」ではない可能性を認識したら、次に相手に確認する姿勢を持ちます。そして、自分の考えや期待を、非難するのではなく、あくまで自分の視点として丁寧に伝えます。
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無言の期待を伝える例:
- 「〇〇についてなのですが、私は△△してもらえると大変助かるのですが、難しいでしょうか?」
- 「今後のために確認させてください。この件は、私は□□が進め方として良いかと思っておりましたが、いかがでしょうか?」
- 「◇◇の件について、私の考えをお伝えしてもよろしいですか?」
ポイントは、一方的に指示するのではなく、相手の意向や状況を尋ね、相談する形で伝えることです。「助かります」「〜と思っていた」「いかがでしょうか」といった言葉を選ぶことで、決めつけではなく、あくまで自分の要望や考えであることを示せます。
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暗黙の了解を確認・すり合わせる例:
- 「この場面では、皆様は普段どのようにされていますか?私は以前の場所では〜していたのですが。」
- 「△△について、確認させてください。ここでは□□のように進めるのが一般的なのでしょうか?」
- 「◇◇の件について、私としてはこうしたいと考えているのですが、何か配慮すべき点はありますでしょうか?」
ここでは、「傾聴」の姿勢が非常に重要です。相手の説明をよく聞き、その背景にある考えやコミュニティの事情を理解しようと努めます。すぐに自分の意見を主張するのではなく、まず相手の「当たり前」を知ることに焦点を当てます。
ステップ3:相手の言葉に耳を傾け、共通点や違いを理解する
相手から返された言葉に真摯に耳を傾けます。期待や了解が一致している点、異なっている点を冷静に把握します。ここでの「共感」は、相手の意見に同意することではなく、「なるほど、あなたはそのように考えているのですね」「そういう事情があるのですね」と、相手の状況や感情を理解しようとする姿勢を示すことです。
たとえ意見が異なっていても、すぐに反論したり、自分の正しさを主張したりせず、まずは相手の視点を理解しようと努めます。この段階では、違いを明らかにし、お互いの「当たり前」が異なることを認識することが目的です。
ステップ4:お互いが納得できる形を共に探る
お互いの期待や暗黙の了解が明らかになったら、次に、今後どのようにしていくのが良いか、お互いが納得できる形を共に探る対話を行います。これは必ずしもどちらかが一方的に折れるということではありません。それぞれの事情や考え方を尊重しながら、新しいルールや進め方を一緒に作り上げていくプロセスです。
- 「私はこのように考えていますが、〇〇さんのお考えも踏まえると、どのように進めるのが現実的でしょうか?」
- 「お互いにとってより良い方法はないでしょうか?一緒に考えてみませんか?」
- 「まずは△△のように試してみて、難しければまた相談する、というのはどうでしょうか?」
柔軟な姿勢で、一時的な解決策や、お互いが少しずつ歩み寄れる点を探ることも大切です。対話を通じて、これまで見えなかった「当たり前」が共有され、建設的な関係性を築く基盤が生まれます。
見えない「当たり前」を対話で「見える化」するチカラ
「無言の期待」や「暗黙の了解」は、誰もが悪気なく持っているものです。それらが原因で生じるすれ違いは、コミュニケーション不足からくる自然な現象とも言えます。大切なのは、すれ違いが生じた時に、それを相手の「せい」にするのではなく、「お互いの当たり前が違うのかもしれない」と立ち止まって考え、「対話」という方法でその違いを「見える化」しようと試みることです。
自分の内にある「当たり前」を自覚し、それを相手に丁寧に伝え、そして相手の「当たり前」に耳を傾け理解しようと努める。このプロセスを繰り返すことで、これまで見えなかった人間関係の「なぜか?」が解き明かされ、誤解を防ぎ、相互理解を深めることができます。
人生の節目や新しい環境での人間関係において、「当たり前」が伝わらないと感じることは、決して特別なことではありません。それは、新しいわかりあいが始まるためのサインかもしれません。対話を通じて、見えない「当たり前」を見える化し、より心地よい人間関係を築いていくための「わかりあうチカラ」を育んでいただければ幸いです。